大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)2713号 判決
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〔判決理由〕三、被告川崎の責任
<証拠>によると、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、伊丹市の中央を東西に通ずる県道伊丹、豊中線上にある変形交差点(南北路が真すぐでなくずれている。)であつて、その南側道路は阪急伊丹駅へ、北側道路は伊丹市内大鹿春日丘へそれぞれ通じている。右県道は歩、車道の区別のない巾員約6.5メートル、北側通路は巾員約3.9メートル、南側道路は巾員約2.8メートルでいずれもアスファルト舗装され、平たんで事故当時路面は乾燥していた。交差点での見通おしは、前方は良効であるが、左右へは付近に民家、商店の密集しているために非常に悪く、しかも付近の事情を知らない者には交差点であることが分りにくい。東西道路の交通量は頻繁で、時速四〇キロメートルに制限されている。また南北路の交通量は少いが、歩行者の通行が多い。本件交差点には、信号機の設置なく、これから西方約七〇メートルの伊丹小学校前には信号機がある。
(2) 被告川崎は、被告吉川の電話工事の現場を出て工事用器械を借りるため出発し、その帰途これまで二回程通つたことのある事故現場を時速約四〇キロメートルで西進していた。当時東進する車輛は、二、三〇台停滞していたが、交差点北側の道路前は停滞車輛も間をあけていて、その間から啓介が走つて飛び出した。被告川崎が啓介の出てくるのを認めたのは、僅か数メートルの距離しかなく、直ちに事故車の急ブレーキをかけたが及ばず、車体の右側に接触した啓介は転倒して右後輪で轢かれ、事故車は、接触地点から約9.6メートル進行して停止した。
(3) 啓介は、兄の原告誠(当時六才)と近所の吉田ただひろ(当時七才)と遊んでいたか、父の原告誠一が阪急伊丹駅前のパチンコ店にいるのを迎えに行くため、三人の子が連れだつて、本件交差点の北側手前まで来て、啓介の外は横断するのに立ち止つていたところ、啓介だけが停滞車輛の間から急に先へ走り出して事故に遭遇した。
<反証―排斥>
右認定事実によると、本件事故現場付近では民家等が密集し、その間にある狭い道路に自動車がひしめいている状況にあり、しかも事故車の対向車線側では停滞車輛が並んでいたのであるから、いつ通行人が飛び出すかもしれず、ことに左右の見とおしの悪い交差点や三差路では、前方、左右の注視を厳にして徐行運転すべき注意義務がある。しかるに被告川崎は、時速約四〇キロメートルで慢然と進行したため、啓介を発見したときには至近距離で急ブレーキをかけても間に合わず、本件事故を惹起するに至つた。従つて、被告川崎には徐行義務に違反し、そのため幼児の飛び出しに対応して事故を回避せる措置を取れなかつた点に過失があることは明らかで、同被告は民法七〇九条により本件事故から生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
四、被告吉川の責任
被告吉川が事故車を所有し、被告川崎が同吉川の従業員であつたことは、被告吉川の認めるところであり、また本件事故当時被告川崎が、被告吉川の電話工事のために事故車を運転していたこと、前記三、(2)の事実および被告吉川尋問の結果からも明らかに認められる。
従つて、被告吉川は、事故車の運行供用者で、かつ被告川崎の使用者であり、右川崎に過失があること前記のとおりであるから、免責の抗弁に関し、その余の点について判断するまでもなく採ることができず、被告吉川には自賠法三条さもなくば民法七一五条による賠償責任がある。
五、被告会社の責任
<証拠>によると、次の事実が認められる。
被告会社は、電々公社の電話敷設の請負工事をしており、その下請先も概ね七社で、その中に被告吉川組も入つていた。吉川組は数年来被告会社の仕事をしていて、同社以外の仕事はしておらず、事故当時伊丹電話局区内の舗装先行工事、すなわちマンホールの新設等の土木工事を二、四一五、〇〇〇円で請負つた。その工事は被告会社から示される図面、仕様書によつて同社の工事長の監督、指示の下にすすめることになつていて、被告会社から永谷邦雄が工事長として毎日現場へ来ていた。そうして工事長が指示等をする相手は組長の被告吉川に対してであつたが、むつかしい工事の際には直接指示することもあつた。なお被告会社は、工事用の資材、機械などは下請先に準備させるのを原則としていたが、特殊なものは貸すこともあり、下請の資金繰りについても必要なときには面倒をみることがあつた。また被告吉川は、被告会社から請負つた右工事を施工するため、現場近くに被告会社が借りてくれた材料置場、従業員宿舎を無償で提供をうけていた。事故当日被告吉川は、右工事に来ていなかつたが被告川崎に対しては管など足りない資材は工事長に聞いて他社から借りておけと命じてあり、被告川崎は永谷工事長に言われて伊丹市内の日本通信へ器材を借りに行つたが、先方の監督が不在で借りることができず、その帰りに不足していたセメントを運搬するべく走行していた際に事故を惹起した。
<反証―排斥>
右事実によると、吉川組の被告吉川は被告会社の専属的下請業者であり、被告会社から派遣された工事長の指示、監督を受け、事故当時、右工事長の指示で被告川崎が事故車を運転しており、被告会社と吉川組との関係から、事故車の運行支配は被告会社にも重畳してあつたものと考えられ、それに伴い運行利益も帰属するところであるから、同被告に運行供用者として責任を認めざるをえない。かりに運行供用者でないとしても、右認定事実から被告会社が被告川崎に直接、間接に指揮、監督が及んでおり、その業務中に起つた事故であることが明らかであるので、元請負人である被告会社にも使用者としての責任がある。なお、乙一号証の記載中に、被告会社の工事施行中における第三者に対する賠償責任は、被告吉川が負う旨の記載があるけれども、これは右吉川が被告会社との関係でかかる契約をしたにすぎず、被告会社が該第三者に対する責任に何ら消長をきたすものでない。それ故被告会社は自賠法三条さもなくば、民法七一五条により被告吉川同様の賠償責任がある。
六 損害
1 逸失利益 金二七〇万円
前記認定したとおり啓介は死亡当時四才であつた。
(1) 平均余命 66.09年(第一一回生命表)
(2) 収入 平均月額 二四、二〇〇円 平均年賞与等 三三、八〇〇円(労働省労働統計調査部、昭和四三年賃金センサス、第一巻八二頁、一八、九才男子労働者 学歴計、企業規模計)
(3) 生活費、所得税等の控除分を収入額の五〇%とする。
(4) 稼働年数 一八才から六三才まで
(5) ホフマン係数
27.1047−10.4094=16.6953
右初任給固定により逸失利益を算出する。
年収(二四、二〇〇×一二)+三三、八〇〇円=三二四、二〇〇円
324,200円×0.5×16.6953=2,706,308円
(一万円未満切捨)
2、啓介の慰謝料
即死した者について、一身専属的な慰謝料請求権を認めうることはできないから、この請求は理由がない。近親者に固有の慰謝料請求権があつても、死者について慰謝料を認めなければ不合理ないしは不均衡があるというのは、単に観念的なことにすぎず、むしろ否定説が論理に一貫性があり、実際上、関係人の不利益がなく、請求を単純化する利点があるからである。
(原告誠一の分)
3、慰謝料 金一二五万円
最愛の子を亡くした父親の精神的苦痛を参酌すると金一二五万円が相当である。
4、葬式費用 金一四七、〇〇〇円
<証拠略>
5、処置費 金四、六〇〇円
<証拠略>
(原告栄子の分)
6、慰謝料 金一二五万円
原告誠一と同様
(原告誠の分)
7、慰謝料 金三〇万円
亡啓介の兄として弟を失つた精神的苦痛に対して金三〇万円を相当とする。
七、過失相殺
<証拠>によると、事故当日は日曜日で原告栄子は、病院へ見舞に出かけており、原告誠一が留守番をしていたが、啓介と原告誠を連れてパチンコ店に行き遊んでいたところ、そのうち啓介らは退屈して帰ろうというので、どこかで遊んでくるようにいつて、自らはパチンコに興じていたこと、啓介らは自宅へ帰ろうとしたが、施錠してあり、近くの広場で遊んだ後、帰宅するのに鍵を持つている原告誠一を迎えに行つた途中に事故に遭遇したことが認められる。右事情のような場合、僅か四才の啓介を、六才の兄誠にまかせておき、父親として子供の監護を尽さなかつた点に過失があるものというべく、事故の状況を考慮して、過失相殺を二〇%とするのが相当である。<以下略>(藤本清)